札幌地方裁判所 平成5年(ワ)2840号 判決 1997年5月26日
原告
株式会社北海道拓殖銀行
右代表者代表取締役
河谷禎昌
右訴訟代理人弁護士
河谷泰昌
被告
カブトデコム株式会社
右代表者代表取締役
神田隆夫
被告
佐藤茂
右両名訴訟代理人弁護士
太田勝久
同
村岡啓一
同
中山博之
同
舛田雅彦
同
尾崎祐一
同
橋本智
同
高橋智
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金一二四億七九一五万六一六三円及び内金六七億五〇〇〇万円に対する平成五年一〇月一日から、内金五五億円に対する同年一一月二日からそれぞれ支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告カブトデコム株式会社に対して貸金(元金、弁済期までの未払利息、弁済期の翌日以降の遅延損害金)の返還を、被告佐藤茂に対して保証債務の履行を請求したのに対し、被告らが、本件請求は権利濫用であると主張し、また、被告らはそれぞれ原告に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償債権を有するから予備的にこの損害賠償債権と相殺すると主張した事案である。
一 前提となる事実(争いのある部分については、証拠を掲記)
1 当事者
(一) 原告は、札幌市に本店を置く都市銀行である。
(二) 被告カブトデコムは、建設工事の請負などを業とする株式会社である。被告カブトデコムは、昭和四六年四月一日に商号を兜建設株式会社として設立され、その後、昭和六一年四月に大友建業株式会社を吸収合併して兜大友建設株式会社に商号を変更し、昭和六三年九月にカブトデコム株式会社に商号を変更して、平成元年三月には株式を店頭登録するに至った。
(三) 被告佐藤は、被告カブトデコムの創業者であり、昭和四六年四月の設立当初からその代表取締役社長であった。被告佐藤は、平成八年四月からは、被告カブトデコムの取締役会長の地位にある(被告佐藤)。
2 被告カブトデコムとの当座貸越契約
(一) 原告と被告カブトデコムは、昭和五三年一二月一五日、両者間で行う手形貸付け、証書貸付け、当座貸越し、その他一切の取引に関して生じた債務の履行について銀行取引約定を締結し、遅延損害金を年一四パーセント(年三六五日の日割計算)とすることを合意した。
(二) 原告と被告カブトデコムは、平成四年四月二三日、貸越極度額を五〇七億四六〇〇万円と定めて、当座貸越契約を締結した。その後、原告と被告カブトデコムは、逐次、貸越極度額を変更することを合意し、平成五年三月三一日には、貸越極度額を七一三億八五〇〇万円に変更することを合意した。
3 被告佐藤の連帯保証
被告佐藤は、平成四年八月五日、原告に対し、前項の銀行取引によって被告カブトデコムが現在及び将来負担する一切の債務について、被告佐藤が元金限度額を九三〇億円と定めて連帯保証することを記載した同日付け保証契約書を差し入れた。
4 一七億円の貸付け
(一) 原告は、平成四年四月三〇日、被告カブトデコムに対し、第2項の当座貸越契約に基づいて、利息を年6.875パーセント(年三六五日の日割計算。以下、利息の計算方法はすべて同じ)とする約定で、一七億円を貸し付けた。
(二) 原告と被告カブトデコムは、この利息を、平成四年一〇月六日に年6.375パーセントに、平成五年一月六日に年4.5パーセントに、同年三月八日に年四パーセントに変更することをそれぞれ合意した。
5 五五億円の貸付け
(一) 原告は、平成四年一一月五日、被告カブトデコムに対し、第2項の当座貸越契約に基づいて、利息を年4.75パーセントとする約定で、五五億円を貸し付けた。
(二) 原告と被告カブトデコムは、この利息を、平成五年一月五日に年4.5パーセントに、平成五年三月五日に年四パーセントに変更することをそれぞれ合意した。
6 五〇億五〇〇〇万円の貸付け
原告は、平成五年三月三一日、被告カブトデコムに対し、第2項の当座貸越契約に基づいて、利息を年四パーセントとする約定で、五〇億五〇〇〇万円を貸し付けた。
7 エイペックス株式会社
(一) 昭和六〇年五月二日、被告カブトデコムが買収したゴルフ場の経営を目的とする子会社として(甲一八の2)、資本金五〇〇万円で甲観光株式会社が設立された。この甲観光は、その後、別会社である甲観光株式会社に吸収合併される形を経て(甲一七の2)、平成五年三月一九日に商号をエイペックス株式会社に変更した(以下、特に断らない限り、商号変更の前後を通じて「エイペックス」という)。
(二) エイペックスは、設立当初は、北海道夕張郡栗山町所在のロイヤルクラシック札幌と北海道虻田郡虻田町所在のロイヤルクラシック洞爺の二ゴルフ場の経営を主な事業としていた。その後、被告佐藤が被告カブトデコムの代表取締役として大型リゾート「エイペックスリゾート洞爺」の建設を企図し、エイペックスがその事業主体となってからは、同リゾートの建設運営が主たる事業となった(甲一八の2、証人村上)。
(三) エイペックスの資本金は、昭和六二年五月二〇日には一五〇〇万円に、平成元年八月四日には二〇〇〇万円に、同年八月二九日には一億八〇〇〇万円に、同年九月一四日には三億四〇〇〇万円に、同年九月三〇日には一五億四〇〇〇万円に、平成二年九月一二日には七一億六五〇〇万円に増資された。
被告カブトデコムは、平成五年七月一一日の時点で、エイペックスの発行済み株式一五五万株のうち三〇万一四〇〇株(持株比率19.44パーセント)を保有していた。
(四) エイペックスの代表取締役社長には、昭和六二年四月一日に中村學が就任し、現在に至っている。被告カブトデコムに在籍し、エイペックスリゾート洞爺の開発事業を担当していた北畑昭一は、平成四年二月二五日にエイペックスの取締役に、同年六月二九日には代表取締役副社長に就任したが、平成五年七月七日に辞任した。
8 株式会社リッチフィールド
(一) 昭和五七年九月一三日、不動産の売買、賃貸、管理などを目的とする被告カブトデコムの子会社として(甲二〇の1)、資本金五〇〇万円で兜ビル開発株式会社が設立された。兜ビル開発は、平成五年三月二七日に商号を株式会社リッチフィールドに変更した(以下、特に断らない限り、商号変更の前後を通じて「リッチフィールド」という)。
(二) リッチフィールドは、平成五年二月ころまで、主に、被告カブトデコム及びその関連会社の所有するビルの管理を業務としていた(乙二七、二八)。
(三) 被告カブトデコムは、昭和六二年三月にリッチフィールドの全株式を取得し、その後の増資によりリッチフィールドの資本金が八〇〇〇万円となってからもその全株式一六〇〇株を保有していたが、平成五年三月二七日に第三者割当てにより新株二〇〇〇株が発行されて一億円が増資された結果、被告カブトデコムの持株比率は44.44パーセントとなった。
(四) リッチフィールドの代表取締役社長には、昭和六二年三月から平成五年二月八日までは被告カブトデコムやリッチフィールドの従業員であった福田三徳が(乙二七)、平成五年二月八日から同年六月三〇日までは被告佐藤の実弟である佐藤明が就任していた。
9 エイペックスの被告佐藤に対する告訴
エイペックスは、左記の内容の告訴状を作成のうえ、平成五年七月一四日、札幌地方検察庁にこれを提出して、被告佐藤を有価証券偽造、同行使の罪で告訴した。
記
(一) 告訴人は、共同信用組合本店営業部と当座勘定取引を結び、同口座を利用して手形及び小切手を振り出していた。
告訴人は、平成三年一二月一九日、右組合から約束手形用紙二五枚綴(支払地「札幌市」、支払場所「共同信用組合本店営業部」と記入済みのもの)を購入したが、平成四年一一月ころ、告訴人の筆頭大株主であるカブトデコム株式会社(本社札幌市西区山の手七条八丁目六番三号所在、代表取締役被告訴人)からの右手形用紙(残枚数七枚)をカブトデコムに預けるようにとの指示を受け入れ、当時右手形用紙を保管していた告訴人経理課長代理永井朋幸から告訴人取締役総務部長近藤英雄が同用紙を貰い受け、同人がこれをカブトデコムに預けた。
(二) 被告訴人は、告訴人から右手形用紙を預かり保管したことを奇貨として、行使の目的をもって、預かり保管中の右手形用紙七枚のうち五枚を使用し、別途何らかの方法で一時告訴人から入手した「札幌市中央区大通西一二丁目四番地九九 甲観光株式会社代表取締役中村學」の記名ゴム印及び告訴人の銀行取引用の代表取締役の印鑑を不正に利用して告訴人振出名義の約束手形五通の偽造を企て、平成五年二月二五日ころ、告訴人の承諾を得ないで、右五通の各手形用紙の金額欄、振出日欄、支払期日欄及び受取人の順に、
(1) 「一、八五〇、〇〇〇、〇〇〇円也」「平成五年二月二五日」「平成五年七月三一日」「カブトデコム株式会社」
(2) 「三、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円也」「平成五年二月二五日」「平成五年八月三一日」「カブトデコム株式会社」
(3) 「六〇五、〇〇〇、〇〇〇円也」「平成五年二月二五日」「平成五年八月三一日」「カブトデコム株式会社」
(4) 「五四五、〇〇〇、〇〇〇円也」「平成五年二月二五日」「平成五年八月三一日」「カブトデコム株式会社」
(5) 「四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円也」「平成五年二月二五日」「平成五年九月三〇日」「カブトデコム株式会社」
と各記入し、振出人欄に一時預かり中の右記名ゴム印を各押捺したうえ、その振出人名下に一時預かり中の銀行取引印を各冒捺し、もって告訴人振出名義の約束手形五通を偽造した。
(三) 被告訴人は、行使の目的をもって、右同日ころ、右偽造にかかる約束手形五通をカブトデコムに手形上の権利を取得させるために交付し、もって偽造した約束手形五通を行使した。
10 リッチフィールドの被告佐藤に対する告訴
リッチフィールドは、左記の内容の告訴状を作成のうえ、平成五年七月一四日、札幌地方検察庁にこれを提出して、被告佐藤を被告カブトデコム取締役錫谷卓とともに有価証券偽造、同行使の罪で告訴した。
記
(一) 被告訴人両名は、共謀して、平成五年二月九日ないし一三日ころ、札幌市西区山の手七条八丁目六番三号のカブトデコム株式会社本社において、行使の目的をもって、支払地「札幌市」、支払場所「共同信用組合山鼻支店」と既に記入されていた別紙約束手形目録記載の約束手形用紙八枚につき、福田三徳をして、ほしいままに、金額欄、受取人欄、振出日欄、支払期日欄に右約束手形目録記載のとおり各記入させ〔注 金額は「一億円」が四通、「一億〇三〇〇万円」「七〇〇万円」「二〇億円」「一二億五〇〇〇万円」が各一通。受取人は、いずれも「カブトデコム株式会社」。振出日は、いずれも「平成五年二月五日」。支払期日は、一億円三通と一億〇三〇〇万円、七〇〇万円の五通が「平成五年七月三一日」、二〇億円の一通が「平成五年八月三一日」、一億円一通と一二億五〇〇〇万円の二通が「平成五年九月三〇日」〕、振出人欄に「札幌市豊平区中の島二条三丁目一番二四号 兜ビル開発株式会社代表取締役福田三徳」の記名ゴム印を冒捺させたうえ、その振出人名下に兜ビル開発株式会社の銀行取引用の代表取締役印を冒捺させ、もって告訴人名義の約束手形八通(額面合計金額三七億六〇〇〇万円)を偽造した。
(二) 被告訴人らは、共謀して、行使の目的をもって、右同日ころ、右偽造にかかる約束手形八通をカブトデコム株式会社に手形上の権利を取得させるために交付し、もって偽造した約束手形八通を行使した。
二 争点
1 被告佐藤の保証契約の趣旨(前提となる事実3)
(原告の主張)
被告佐藤は、平成四年八月五日、原告に対し、同日付け保証契約書(甲二)に記載どおりの趣旨で、被告カブトデコムが原告との銀行取引によって現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証した。
(被告佐藤の主張)
被告佐藤が原告に対し、平成四年八月五日、被告カブトデコムの負担する債務について連帯保証したことは認めるが、被告佐藤の保証の対象は、原告と被告カブトデコムとの間の元金極度額を九三〇億円とする諾成的消費貸借契約であり、原告が被告カブトデコムに対し総額九三〇億円の貸付けすべき債務を履行することを条件としたものである。
2 貸付金の弁済期(前提となる事実4〜6)
(原告の主張)
(一) 原告と被告カブトデコムは、平成四年四月三〇日に一七億円の貸付けをする際、弁済期を平成五年四月六日とすることを合意し、平成五年四月六日、その弁済期を同年九月三〇日に変更することを合意した。
(二) 原告と被告カブトデコムは、平成四年一一月五日に五五億円の貸付けをする際、弁済期を平成五年四月三〇日とすることを合意し、平成五年四月三〇日、その弁済期を同年一〇月三一日に変更することを合意した。
(三) 原告と被告カブトデコムは、平成五年三月三一日に五〇億五〇〇〇万円の貸付けをする際、弁済期を同年九月三〇日とすることを合意した。
3 権利濫用の抗弁(金融支援に伴う原告の貸し手責任)
(被告らの主張)
(一) 金融機関と融資先企業との間に、一金融機関とその融資先としての取引関係を超えた一心同体ともいうべき共生関係(例えば、金融機関が融資先企業のプロジェクトに積極的に参加してプロジェクト実現のための資金調達を保証し、見返りに、融資先企業が自らの財務上の情報をすべて開示して金融機関から派遣された役員の監督を受け入れるなどの関係)がある場合、金融機関は、融資先企業の存続を左右しうることから、融資先企業の存続のためには自らの利益を犠牲にしてでも両者の利害の調和を図らなければならない義務を負う(アメリカ合衆国法上の信認関係上の受託者の義務(fiduciary duty)と同義)。すなわち、このような特殊な共生関係がある場合、金融機関は、融資先企業に対して管理者的な地位に立つのであるから、融資先企業の信用状態に対して特別の配慮を払うべき注意義務を負い、融資先企業との間で利益が相反するときも融資先企業を一方的に不利な地位に置かないように、最も影響の少ない手段によって利害の対立を解消しなければならない(Less Restrictive Alterna-tive(LRA)の原則)。
また、金融機関と融資先企業との間に特殊な共生関係が存在する場合、金融機関が融資先企業に対する金融支援の意思表示をすることにより、それを諾成的消費貸借契約の締結とみるか消費貸借の予約とみるかにかかわらず、融資先企業は金融機関に対して必要な資金の貸与を要求しうる包括的な地位を取得し、金融機関は、共生関係を継続することが不可能なまでに両者の関係が破たんすることがない限り、融資先企業に対して必要な資金を貸すべき包括的な義務を負担する。
したがって、金融支援の意思表示の効果として、金融機関は、融資先企業からの要請に基づいて必要な資金を融資する義務を負い、さらに、金融支援を表明した管理者的地位(信認関係上の受託者の地位)に基づく黙示の信義誠実義務の効果として、期限の利益喪失や担保権実行などの強硬な債権保全策については、たとえ契約書に明文規定があっても、LRAの原則に従って最後の手段となるまで権利行使を差し控えなければならない。
金融機関が、融資先企業との共生関係を継続することが不可能なまでに両者の関係が破たんした事実がないにもかかわらず、融資を打ち切った場合には、融資先企業は、金融機関に対し、諾成的消費貸借契約又は消費貸借の予約の予約完結権行使に基づく融資金の交付を請求し、又は債務不履行による損害賠償を請求することができ、金融機関からの法的権利行使に対しては、それぞれの権利行使の態様に応じて抗弁を提出することができる(具体的には、期限の利益喪失の主張に対しては、金融機関において期限を猶予する義務のあることを主張し、既に融資した金員の返還請求に対しては、訴求しない特約のある債務として自然債務の主張をするなど)。一般に、貸し手責任(Lender Liability)といわれるものである。
(二) 原告は、北海道に本社を持ち全国的規模で通用する優良企業を育成して、そのメインバンクとして金融取引をすることが、原告にとっても道内経済全体にとっても有益なことと考え、現在は規模は小さくても将来性のある企業を積極的に支援して大きく成長させるという経営路線を採用し、これをインキュベーター路線と呼んでいたが、原告と被告カブトデコムとの間には、このインキュベーター路線の下、一金融機関とその融資先としての取引関係を超えた一心同体ともいうべき特殊な共生関係が存在した。
原告は、平成四年一一月二六日、被告カブトデコムとの間で金融支援を合意し、対世的にその事実を公表した。この金融支援の合意により、原告と被告カブトデコムとの間には、その特殊な共生関係を反映して、次のような法的効果が生じる。
原告は、既融資金についての返済期限を猶予し(その方法は、再貸付けの形式をとる)、一方的な期限の利益喪失約款の適用を差し控える。
(一) 原告は、必要資金の融資に応ずる。
(二) 原告は、担保権の実行、既融資金の返還請求などの法的手段の行使を差し控える(訴求しない特約)。
(三) 本件請求は、原告と被告カブトデコムとの共生関係を継続することが不可能なまでに両者の関係が破たんした事実が認められないにもかかわらず、原告が被告カブトデコムに対する金融支援を一方的に打ち切り、訴えの提起という法的手段を行使するものであるから、金融支援の合意に違反し、信義誠実義務違反として権利濫用に当たる。より具体的には、本件請求は、金融支援の合意の効果としての返済期限の猶予を無視し、訴求しない特約に違反するものであるから、権利濫用というべきである。
4 相殺の抗弁1(被告佐藤に対する告訴による原告の不法行為)
(被告らの主張)
(一) エイペックス及びリッチフィールドの被告佐藤に対する告訴(前提となる事実9、10)は、原告がエイペックス又はリッチフィールドと共謀のうえ、告訴事実にかかる各約束手形がエイペックス又はリッチフィールドの代表取締役の手形振出権限に基づいて適正に振り出された白地手形であることを知りながら、又は調査をすればこのことが容易に判明したのにずさんな調査により被告佐藤がこれらの手形を偽造したものと考えて、被告佐藤には刑事上の処分を受けさせ、エイペックス及びリッチフィールドには手形の不渡処分を回避させることを目的として、被告佐藤を告訴したものである。
原告のこの行為は、被告訴人とされた被告佐藤に対してのみならず、被告佐藤を代表取締役社長とする被告カブトデコムに対する関係でも不法行為となる。
(二) 被告カブトデコムは、原告のこの不法行為によって、次のとおり合計一四五四億二五五〇万五八〇〇円の損害を被った。
(1) 官公庁の指名停止による受注減少額 一一二億六四〇〇万円
(2) 不動産に関する損害
① 販売用不動産の評価損
二六億五五七八万四五〇一円
② 販売用不動産の売却損
四四億七四六九万八八六九円
(3) 事業休止による貸倒引当金の増加額 五四七億二〇七七万二二三二円
(4) 事業休止による債務保証損失引当金の増加額
四七六億一〇六二万七二九一円
(5) 原告の依頼により負担した支払義務のない拠出金
一億七一三六万三四八〇円
(6) 信用棄損による損害
二四五億二八二五万九四二七円
(三) 被告佐藤は、原告のこの不法行為によって、次のとおり合計で原告の本件請求額を超える額の損害を被った。
(1) カブトデコム株式に関する株主としての損害
① 被告佐藤名義の株式の株価下落による損害
一五億一二八一万一三〇〇円
② 有限会社シゲルプランニング名義の株式の株価下落による損害
一九億三二六八万六〇〇〇円
(2) 債権者の担保権実行などによる売却損
① 被告佐藤名義の株式の売却損
一七億〇〇九三万五五〇〇円
② 有限会社シゲルプランニング名義の株式の売却損
六億三五一二万二六〇〇円
(3) 精神的苦痛に対する慰謝料 (1)(2)の経済的損害の額と合計した場合に、原告の本件請求額を超えることとなる額
(四) 被告カブトデコムは平成六年一一月七日の本件口頭弁論期日において、被告佐藤は平成九年二月一七日の本件口頭弁論期日において、それぞれ、原告に対し、この不法行為に基づく損害賠償債権をもって、原告の本件請求債権と対当額で相殺する意思表示をした。
5 相殺の抗弁2(カブトデコム倒産のシナリオに基づく一連の行為による原告の不法行為又は債務不履行)
(被告らの主張)
(一) 被告カブトデコムは、自ら土地を取得して建物の建築を発注し、土地建物の付加価値を高めて転売、賃貸するという手法で業績の拡大を続け、それに伴い資金需要も増大して、原告からの借入額も必然的に増大していった。そこには、いわゆるバブル経済の金余りの資金を高金利で積極的に借り受けることにより、被告カブトデコムが原告に協力するという関係があった。しかし、平成二年四月に大蔵省が地価の沈静化を目的として金融機関の不動産取引に対する貸出しの総量を規制するという行政指導をして以来、所有物件の売却が進まず、被告カブトデコムの業績は下降線をたどっていた。
原告は、平成四年一〇月二六日、被告カブトデコムの再建は困難と判断し、平成五年三月末には融資を完全に停止して被告カブトデコムを切り捨てるという方針を決定した。原告は、同時に、債権保全を図るため、被告カブトデコムの倒産までに、その優良資産やカブトデコムグループの優良企業であったエイペックス(当時の商号は甲観光株式会社)及びリッチフィールド(当時の商号は兜ビル開発株式会社)を被告カブトデコムの支配から分離して、原告の支配下に置くことも決定したが、被告カブトデコムが倒産した場合にインキュベーター路線を推進してきた原告の社会的責任が問われることを避けるために、対外的には原告が被告カブトデコムの再建に協力するという立場を装うこととした。
原告は、このカブトデコム倒産のシナリオに従い、平成四年一一月二六日に被告カブトデコムに対する金融支援を公表し、被告佐藤に対しても被告カブトデコムの再建に協力するとの虚偽の提案をして、被告らをそのように信じさせた。そのうえで、原告は、被告カブトデコムにその資産をリッチフィールドへ分離させた後、リッチフィールドに対する原告の支配を確立し、被告カブトデコムが原告に預託していたエイペックスの株式を譲渡担保権の行使により原告が取得したと主張して、エイペックスに対する原告の支配を確立し、他の金融機関からの借入金の金利は原告が融資すると約束しながらこれを実行せず、シナリオの完結として被告カブトデコムの倒産を促進させることを目的に、既に原告の傘下に収めていたエイペックス及びリッチフィールドをして被告佐藤を有価証券偽造、同行使の罪で札幌地方検察庁に告訴させた。
このような原告の一連の行為は、原告が自らの債権回収のみを考えて、表面的には金融支援を継続するかのように装って被告らを欺き、エイペックス及びリッチフィールドの両社やその資産を被告カブトデコムから収奪したものにほかならないから、被告カブトデコムに対する不法行為又は信義誠実義務(信認関係上の受託者の義務)違反の債務不履行が成立する。また、被告佐藤は原告の一連の行為により最も辛酸をなめた犠牲者であるから、被告佐藤に対する関係でも不法行為が成立する。
(二) 原告のこの不法行為又は債務不履行によって被告カブトデコムが被った損害は、第4項(二)に記載のとおりである。
(三) 原告のこの不法行為によって被告佐藤が被った損害は、第4項(三)に記載のとおりである。
(四) 被告らは、それぞれ、原告に対し、平成九年二月一七日の本件口頭弁論期日において、この不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償債権をもって、原告の本件請求債権と対当額で相殺する意思表示をした。
第三 争点に対する判断
一 被告佐藤の保証契約の趣旨について(争点1)
1 被告佐藤が原告に対し、被告カブトデコムの債務について連帯保証したこと自体は、争いがない。証拠(甲二)によれば、その対象となる債務は、原告主張のとおり、被告カブトデコムが原告との銀行取引によって現在及び将来負担する一切の債務であることを認めることができる。
2 被告佐藤が主張するような、諾成的消費貸借契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
二 貸付金の弁済期について(争点2)
1 一七億円の貸付けについて、証拠(甲五、乙六四の2)によれば、原告と被告カブトデコムは、平成四年四月三〇日に貸付けをする際、弁済期を平成五年四月六日と定め、平成五年四月六日、その弁済期を同年九月三〇日に変更したことを認めることができる。
2 五五億円の貸付けについて、証拠(甲六、乙六五の2)によれば、原告と被告カブトデコムは、平成四年一一月五日に貸付けをする際、弁済期を平成五年四月三〇日と定め、平成五年四月三〇日、その弁済期を同年一〇月三一日に変更したことを認めることができる。
3 五〇億五〇〇〇万円の貸付けについて、証拠(甲七)によれば、原告と被告カブトデコムは、平成五年三月三一日に貸付けをする際、弁済期を同年九月三〇日と定めたことを認めることができる。
4 被告佐藤は、本人尋問において、資金借入申込書(甲五〜七)に弁済期として記載された日は利息計算のために形式上設けた日であって弁済期ではないと供述するが、その申込書の記載内容に照らし採用できない。
三 権利濫用の抗弁について(争点3)
1 原告と被告カブトデコムとの関係
争いのない事実に証拠(甲八、二四の1・2、乙二、四七、五三〜五七、五九、六三の2.7.8.26、六八の1・2、被告佐藤)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告カブトデコムは、原告との間で、昭和五三年一一月からは西野支店扱い、昭和六二年三月からは札幌西支店扱い、昭和六三年六月からは本店営業部扱いで銀行取引を行ってきた。
(二) 被告カブトデコムは、平成元年三月に株式を店頭登録し、平成二年二月には三五〇万株、発行価額総額五四二億五〇〇〇万円の第三者割当てによる新株発行を実施した。この新株発行に際して新株を引き受けたのは、被告カブトデコムと関連の深い法人や個人であったが、原告は、これらの引受人に対して株式払込資金の融資を行い、被告佐藤がこの融資について約二五〇億円の保証をした。
原告には、業務推進上の意思決定機関として常務取締役以上の役員で構成される経営会議が設置され、平成四年一〇月二六日開催の経営会議において、総合開発部作成の「カブトデコム(株)グループ支援の対応策について」と題する会議資料が配布された。その書面には、被告カブトデコムの平成二年二月の第三者割当てによる新株発行について、「割当先に対する当行グループの貸出については、仮装増資(迂回融資)として主張される可能性があるが、法律的には問題ないと考える」という記載や、今後予想される問題点として「仮装増資、迂回融資ではないかの問題及びカブトデコム株式会社の株式担保だけで融資した銀行側の責任問題が発生する可能性あり」という記載がされていた。
(三) 原告は、将来事業の拡大を見込める成長性のある企業の育成を図ることを経営の重点項目の一つに据えて、これをインキュベーター路線と呼び(インキュベーターとは、ふ化器の意味)、北海道内の企業を対象にインキュベーター路線を推進する部門として、平成二年一〇月に総合開発第一部を設置し(平成三年一〇月に総合開発部と名称を変更)、被告カブトデコムを対象企業の一つとした。
平成二年一一月一三日開催の原告の経営会議においては、総合開発第一部作成の「取引先グループ名 カブトデコムグループ」と題する会議資料が配布された。その書面には、原告の取引状況として「当行は昭和六二年三月カブトデコムの主力行となって以降、着実にグループ全体への影響力を強め、現在では圧倒的な主力行の地位を確立している。その結果、カブトデコムグループの急成長もあって当行の収益も急拡大し、平成二年上期粗利益は四億五〇〇〇万円と昭和六三年上期比12.5倍に達している。また、今後東証上場を目指しているカブトデコム、甲観光、りんかい建設の三社に対し、当行グループでは一二二億円(うち当行四九億円)の出資を行っているが、既に店頭公開を果たしているカブトデコムだけで七五億円の投資に対し四四六億円(うち当行二一三億円)の含み益と二〇億円の実現済売却益(当行はなし)を享受していることでもわかる通り、BIS基準での当行の自己資本比率達成に向け大きな助けになる可能性がある」という記載や、原告の対応方針案として「当社の希望に沿う形での支援を継続したい」「なお、企業論理を前面に出した当社の行動は、規模の拡大とともに様々な反響を呼びはじめており、このことが当社にとってマイナスとなりはじめている。社会的影響力の大きさを認識した行動をとるべきとの指導は以前より行ってきたが、さらに強化したい」という記載がされていた。
(四) 被告カブトデコムは、原告及びその関連会社から借入れをする一方で、原告に対して預金をするなどしていた。平成元年四月一日から平成五年九月三〇日までの間で、被告カブトデコムが原告及びその関連会社に支払った借入利息などの合計額と、原告及びその関連会社から受領した預金利息などの合計額との差額は、約一一四億七〇〇〇万円となっていた。
(五) 被告佐藤は、昭和六三年一二月ころには、エイペックスを事業主体として、北海道虻田郡虻田町の洞爺湖畔にゴルフ場、スキー場、ホテルなどの施設を擁する大型リゾート「エイペックスリゾート洞爺」を開発することを決定した。このリゾート施設の建設工事は、被告カブトデコムが元請けとなってエイペックスから請け負い、平成五年六月の完成を予定して平成二年春に着工した。エイペックスリゾート洞爺の開発資金については、エイペックスが原告からつなぎ融資を受けたうえで、リゾート会員権の販売代金によって賄うことが計画され、会員権の販売は、被告カブトデコムが代理店となり、エイペックスから会員権を一括購入して販売することとされた。
原告の関連会社であるたくぎん保証株式会社は、エイペックスがエイペックスリゾート洞爺の会員となった者に対して負う預託金返還債務について、極度額を五三二億円として保証をした。この会員権の販売については、原告の関連会社が、販売協力ということで約一〇〇口を販売した。
平成四年一〇月二六日開催の原告の経営会議で配布された「カブトデコム(株)グループ支援の対応策について」と題する会議資料には、「当行の社会的責任」と題する箇所に「エイペックスリゾート洞爺は開発段階から当行が深く関与している上、たくぎん保証(株)が会員権を保証し、当行自身でも多数の会員権を販売するなど、当行とカブトデコム(株)の共同プロジェクトと位置づけざるを得ないプロジェクトとなっていることから、事業を完遂させる責任がある」との記載がされていた。
(六) いわゆるバブル経済が崩壊して不動産事業を営む者が総じて経営苦境に陥っていた中、被告カブトデコムの業績は表面上は拡大(平成三年三月期)及び横ばい(平成四年三月期)で推移していたが、平成三年秋以降、被告カブトデコムの資金繰りは多忙を極め、平成四年三月期には、被告カブトデコムがゼネコンに対する工事代金などの支払のために振り出した手形の合計額が、約四四三億円となっていた。
原告は、被告カブトデコムに対し、平成四年三月期までに五五三億円の融資をしていたが、被告カブトデコムが所有する不動産の売却が進まず、被告カブトデコムに手形不渡り、倒産の懸念が生じたため、平成四年四月から同年九月までの間に緊急の追加融資を行って、被告カブトデコムの倒産を回避した。平成四年当時における原告の被告カブトデコムに対する信用供与限度額は約九〇〇億円であったが、同年九月末日における融資残高は、約八八三億円に達していた。
(七) 平成四年一〇月二六日、原告は経営会議を開催し、被告カブトデコムとその関連会社に対する支援についての対応策を協議した。そのうえで、同月二八日、原告は、被告佐藤ら被告カブトデコムの役員を原告本店に呼び、被告佐藤らに対し、金融支援の前提として、被告カブトデコムの同年九月の中間決算は実態に近い数字を発表して現状の厳しさを認識すること、開発事業は当面の間凍結すること、被告カブトデコム及び関連会社においては手形の振出しを中止すること、今後は日繰り表で被告カブトデコムの毎日の資金繰りを報告することなどを求めた。
(八) 平成四年一一月二六日、北海道新聞夕刊に「拓銀、金融支援へ」との見出しの下に、原告が被告カブトデコムとその関連会社を対象に、近く金融支援に踏み切るとともに、資産の大幅な圧縮を促す方針を決めたとの内容の記事が掲載された。
翌二七日、被告カブトデコムは、平成四年九月の中間決算を発表するとともに、開発事業の当面の凍結、資産の早期売却などを内容とする事業転換方針を公表した。
同日、原告は記者会見を行い、被告カブトデコムに対する金融支援策として、平成四年一一月以降、当面貸出金利を短期プライムレートの年4.75パーセントに軽減すること、既存の貸出しについては当面支払を猶予すること、振出し済み支払手形の決済資金及び完成後又は仕掛り中の開発物件の未払工事代金の支払資金は、当面必要に応じて融資することなどを公表した。原告は、これに併せて、金融支援に当たり被告カブトデコムに要請する事項として、不動産開発重点、売上高増強重点主義から地道ながら安定的収入を図る方向へ経営方針を転換すること、リストラ対策を徹底して推進すること、関連会社であるリッチフィールドやエイペックスの自立を促進することなどを挙げた。
原告は、平成四年一一月から平成五年三月までの間に、被告カブトデコムに対し、運転資金として合計四〇九億円を融資した。
(九) 平成五年一〇月五日、原告は、被告カブトデコムに対する金融支援を停止することを表明し、同年一一月一日、被告カブトデコムに対し、金融支援を打ち切ることを文書で通告した。
2 権利濫用(貸し手責任)の成否
以上で認定したように、原告は、被告カブトデコムを育成を図るべき成長性のある企業ととらえて、仮装増資との指摘を受けるおそれを意識しつつも被告カブトデコムの発行する新株の払込資金を融資し、企業規模の拡大とともに被告カブトデコムに問題行動が生じてきたとの認識はあったが巨額の融資をして支援を継続し、リゾート開発事業には原告自らも被告カブトデコムとの共同プロジェクトと位置づけざるをえないと評価するほど深く関与してきた。
しかし、被告らの主張する「一金融機関とその融資先としての取引関係を超えた一心同体ともいうべき特殊な共生関係」とはどのような関係をいうのか判然とせず、本件における原告と被告カブトデコムとの関係が特殊な共生関係に当たるのかどうかは明らかでない。いずれにせよ、金融機関と融資先企業との関係において、原告と被告カブトデコムとの間に、被告らのいう「信認関係上の受託者の義務」あるいは「LRAの原則」といった法的効果が生じるものと認めるべき事情を見いだすことはできない。
金融機関の企業に対する金融支援が、金融機関においてその企業を育成すべき対象としている場合であっても、親が子をはぐくむように無条件で行われることはありえない。金融機関においては、金融支援に値する企業かどうか、金融支援すべき状況にあるのかどうか、どのような内容の金融支援をするのが効果的かなどの点について、変化する経済情勢の中で適時、的確な経営判断をすることが当然に要求されるのであるから、金融支援の意思表示がされたことをもって、具体的な諾成的消費貸借契約や消費貸借の予約が成立したものと認めることはできない。本件の金融支援も、業績が悪化し倒産も懸念されるようになった被告カブトデコムについて、そのメインバンクとしての原告が、当面必要な措置をとろうとしたものと理解することができるのであって、このような金融支援の意思表示によって、被告らが「貸し手責任」として主張する原告の融資義務、弁済期の猶予、訴求しない特約などの法的効果が生じるということはできず、本件請求を権利濫用ということはできない。
四 相殺の抗弁1・エイペックスの告訴関係について(争点4)
1 エイペックスの告訴に至る経過
争いのない事実に証拠(甲一七の2・4〜9・11、一九、乙一五〜一八、三二、三九、四三、四七、五四、五七、証人村上)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) エイペックスと被告カブトデコムは、平成三年九月二日、エイペックスを発注者、被告カブトデコムを請負人として「(仮称)ホテルエイペックス札幌」新築工事に関する請負契約書を取り交わした。この契約書には、着工時期を平成三年九月一日、完成時期を平成五年一二月三一日、請負代金を二一一億一五〇〇万円として、その請負代金のうち一〇〇億円を平成三年九月三〇日限り支払うとの記載がさていた。エイペックスと被告カブトデコムは、同月二〇日、エイペックスが被告カブトデコムに支払うべきこの工事の前渡金一〇〇億円と、被告カブトデコムがエイペックスに支払うべきエイペックスリゾート洞爺の会員権購入代金のうち一〇〇億円とを相殺処理することに合意した。
しかし、同年秋以降、被告カブトデコムの資金繰りが苦しくなり、平成四年三月の原告とエイペックス及び被告カブトデコム間の協議において、ホテルエイペックス札幌新築工事は凍結プロジェクトの一つとされ、工事に着工することのないまま、その工事予定地を売却する話も進められた。
(二) 平成四年三月三一日、エイペックスと被告カブトデコムは、相殺処理により支払済みとなったこの前渡金一〇〇億円のうち三〇億円を、エイペックスが被告カブトデコムに支払うべきエイペックスリゾート洞爺の工事代金などのうち三〇億円の支払に充当することを合意した。同年一〇月、エイペックスは、この前渡金の残額七〇億円はエイペックスに返還されるべきものと考えて、エイペックスが被告カブトデコムに支払うべきエイペックスリゾート洞爺の工事代金六九億円との相殺処理を申し入れたが、被告カブトデコムはこれに応じず、その後も相殺交渉が続けられた。
同年一〇月一五日、原告は、被告カブトデコムに対し、エイペックスリゾート洞爺の請負代金の減額、具体的には被告カブトデコムが取り分として主張する二〇パーセントの元請利益の放棄をするよう申し入れたが、被告カブトデコムはこれを拒否した。
(三) 籾井茂文と村上曄宏は、平成五年三月一五日、原告からエイペックスに出向し、同月一九日、籾井は代表取締役副社長に、村上は専務取締役にそれぞれ就任した。村上は、エイペックスに着任後、取締役総務部長近藤英雄と経理課長代理永井朋幸に手形の振出状況を尋ねたが、近藤らは、支払に手形は使っておらず、手形帳はないと答えた。
(四) 平成五年五月二八日、被告佐藤は、原告の常務取締役廣瀬恭平に対し、エイペックスを振出人とし、被告カブトデコムを受取人とする約束手形五通、額面合計六四憶円のコピーを手渡した。村上は、同日午後、原告からの電話によりこの約束手形の存在を知り、同日夕刻には原告に赴いて、その手形のコピーを見た。
この五通の約束手形には、振出人欄に「札幌市中央区大通西一二丁目四番地九九 甲観光株式会社 代表取締役中村學」との記名ゴム印と代表取締役印が押印され、振出日はいずれも「平成五年二月二五日」と記載されていた。また、これらの手形には合計八〇万円の収入印紙がはられていた。
(五) エイペックスでは籾井副社長、村上専務及び当時原告から派遣されていた主任調査役山崎修が、原告では廣瀬常務、総合開発部長藤井成美、同部次長高宮晋作らが、この約束手形の振出しの事情について調査をした。その結果は、以下のとおりであった。
(1) エイペックスの中村社長は、手形の振出人欄の記名押印や金額欄の記載は行っておらず、振出しには何も関与していない、平成五年五月二八日朝に被告佐藤に呼び出され、これらの手形は被告カブトデコムのエイペックスに対する請負代金として被告佐藤が切ったと言われたと述べた。
(2) エイペックスの北畑副社長は、手形については何も知らない、身に覚えがないとして振出しへの関与を否定した。
(3) 近藤総務部長は、従来エイペックスの手形用紙は被告カブトデコムの本社で保管していたが、最終的には平成四年一一月に被告佐藤に預けたと述べた。
(4) 永井経理課長代理は、平成四年一一月に記名押印をしていない手形用紙約七枚を近藤に手渡したと述べた。
(5) 村上らは、平成五年二月二五日前後のエイペックスの帳簿を調べたが、この約束手形に関するりん議書や支払依頼書はなく、収入印紙の使用台帳や購入記録を調べても収入印紙を購入した形跡は見当たらず、支払手形記入帳にも手形振出しの記載はなかった。また、手形に押された記名ゴム印は、エイペックスが平成四年九月に本店所在地を札幌市中央区南二条西六丁目一三番地一に移転する以前の、旧住所を表示したものであり、平成五年二月当時には使用されていないものであった。
(6) エイペックスの職務権限規程では、約束手形の振出権限は中村代表取締役社長のみが有するものと定められていた。
(六) 以上の調査結果を踏まえて、エイペックスは、この五通の約束手形は被告佐藤が権限なくして振り出したものと判断し、被告佐藤を有価証券偽造、同行使の罪で告訴することとし、エイペックスからこの方針について相談を受けた原告も、これを了承した。
(七) 札幌地方検察庁は、エイペックスからの告訴を受けて、平成五年一二月二六日、被告佐藤を有価証券偽造、同行使の罪で起訴した。
2 原告の不法行為の成否
以上の認定事実によれば、平成五年三月以降、原告から出向した籾井と村上がエイペックスの代表取締役副社長、専務取締役に就任しており、原告はエイペックスと共に約束手形の振出しについて調査し、協議のうえエイペックスが告訴をすることを了承しているのであるから、エイペックスが告訴人となってはいても、この告訴をエイペックスと原告との共同行為と評価することは可能である。
しかし、この告訴に至る経過によれば、エイペックスと原告は、被告佐藤を告訴するに当たって、私人として行いうる調査を尽くしたうえで、被告佐藤が約束手形を偽造したと信じたものと認めることができる。被告カブトデコムとエイペックスとの間のホテルエイペックス札幌新築工事の前渡金をめぐる相殺交渉の経緯や、エイペックスと原告が行った調査の結果に基づけば、エイペックスと原告において、被告佐藤が告訴状記載のとおり約束手形を偽造したと信じたことには十分に合理的な理由があるから、この告訴について原告に故意過失はなく、不法行為は成立しない。
なお、被告らは、平成五年二月ころに被告佐藤が原告の廣瀬常務にこのエイペックスの約束手形のことを告げたと主張し、被告佐藤は、本人尋問においてこの主張に沿う供述をする。しかし、被告佐藤が、その供述のように平成五年二月下旬ころ、エイペックスリゾート洞爺の工事代金の再度の減額交渉の過程で、廣瀬常務か藤井総合開発部長に対して「甲観光から工事代金としてもらっている手形を切る」という発言をしていたとしても、エイペックスと原告が行った調査では、エイペックスで手形振出権限を有する中村社長が手形の振出しには関与していないと述べ、エイペックスの帳簿類にも手形振出しに関するものは何も残されていなかったのであるから、そのような被告佐藤の発言を理由に、原告は手形が正当に振り出されたものと認識すべきであったということはできない。
また、この約束手形の偽造についての被告佐藤の刑事事件において、藤井は、エイペックスと原告が手形を決済することも考えていたと供述しているが(乙五四〜五七)、偽造手形であっても、決済を拒むことと決済することとの利害得失を考慮のうえ決済の道を選ぶことはありうることであるから、その供述するような事実があったとしても、告訴について原告に故意過失がないとする判断を動かすものではない。
五 相殺の抗弁1・リッチフィールドの告訴関係について(争点4)
1 リッチフィールドの告訴に至る経過
争いのない事実に証拠(甲二〇の2〜14、乙二七)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告カブトデコムは、平成四年六月ころ、被告カブトデコムが所有する札幌市中央区南三条西二丁目所在のエクセレントホテルを、株式会社トータルトラストジャパンへ売却する交渉をしていたが、平成五年一月ころ、この売買は不成立に終わった。被告カブトデコムにおいては、当時、その資金繰りのため所有不動産を売却することが急務とされ、原告からの融資残高も与信限度額に迫っていたため、原告との協議により、リッチフィールドが被告カブトデコムからエクセレントホテルを買い受け、購入代金は原告がリッチフィールドに融資することになった。
(二) 被告カブトデコムは、平成五年一月一四日、国土利用計画法に基づく売買の届出を行い、価格指導を受けて予定対価を九五億五二〇〇万円に修正する届出をした結果、同月二七日に不勧告通知を受けた。被告カブトデコムはこの不勧告とされた価額で売買を行いたいと主張したが、原告との交渉の結果、エクセレントホテルの売買代金は六二億四〇〇〇万円とするが、原告はリッチフィールドに八〇億円を融資し、リッチフィールドは被告カブトデコムに対し、この融資額から登記費用などの経費を差し引いた七八億二五〇〇万円を、六二億四〇〇〇万円は売買代金として、一五億八五〇〇万円は被告カブトデコムからの借入金の弁済として支払うこととなった。
被告カブトデコムとリッチフィールドは、同月二九日、エクセレントホテルについて、売買代金を六二億四〇〇〇万円とする売買契約書を取り交わし、即時、リッチフィールドは被告カブトデコムに六二億四〇〇〇万円を支払い、被告カブトデコムはリッチフィールドに対し、エクセレントホテル及びその土地建物の所有権移転登記に必要な書類一式を引き渡した。
(三) 平成五年五月二八日、被告佐藤は、原告の廣瀬常務に対し、リッチフィールドを振出人とし、被告カブトデコムを受取人とする約束手形八通、額面合計三七億六〇〇〇万円のコピーを手渡した。
この八通の約束手形には、振出人として「兜ビル開発株式会社 代表取締役福田三徳」の記名押印がされ、振出日はいずれも「平成五年二月五日」と記載されていた。
(四) この約束手形が振り出された事情について、原告の高宮総合開発部次長(平成五年六月三〇日にはリッチフィールドの取締役に就任)が調査をした。その結果は、以下のとおりであった。
(1) この八通の約束手形は、リッチフィールドが平成五年二月九日に購入した約束手形帳の中の手形用紙を使用したものであった。
(2) リッチフィールドでは、福田社長が平成五年二月八日に代表取締役を辞任し、同日、被告佐藤の実弟である佐藤明が代表取締役に就任して、同月一八日にはその登記もされていた。
(3) 福田前社長は、自分は被告カブトデコムの一〇〇パーセント子会社の雇われ社長であり、平成五年二月上旬、被告カブトデコムの錫谷常務からの指示に従って、リッチフィールドの約束手形帳と印鑑を持参して被告カブトデコムの本社へ行ったところ、錫谷からエクセレントホテルの売買代金が六二億四〇〇〇万円から一〇〇億円に変更になったので差額の三七億六〇〇〇万円をリッチフィールド振出しの手形で支払うように言われた、エクセレントホテルの売買代金は六二億四〇〇〇万円と聞いていたので大丈夫なのかを問いただしたが、錫谷が大丈夫だと答えたので、八枚の手形用紙に金額を記入し記名押印したと述べた。
(4) 佐藤明社長は、手形の振出しは福田前社長が行ったことであり、自分は一切関与していないと述べた。
(5) 原告は、リッチフィールドから随時試算表の提出を受けていたが、平成五年二月及び三月の試算表にはこの約束手形は計上されておらず、また、リッチフィールドの帳簿では、同年五月二七日までエクセレントホテルの売買代金は六二億四〇〇〇万円で勘定処理されており、同月二八日、二九日に一〇〇億円に勘定修正がされていた。
(6) 被告カブトデコムの中村開発事業部長及び山田財務部長は、被告カブトデコムでは平成五年五月二五日に錫谷の指示で売買価額を一〇〇億円とする勘定修正を行った、同日まで両人ともこの約束手形の存在を知らなかったと述べた。
(五) 以上の調査結果を踏まえて、リッチフィールドと原告は、この八通の約束手形は被告佐藤と錫谷が共謀のうえ、エクセレントホテルの売買代金が一〇〇億円に変更になったとの虚偽の事実を構えて、既にリッチフィールドの代表取締役を辞任していた福田の名において手形を偽造したものと判断し、リッチフィールドにおいて、被告佐藤と錫谷を有価証券偽造、同行使の罪で告訴することとした。
2 原告の不法行為の成否
以上の認定事実によれば、原告は、リッチフィールドと共に約束手形の振出しについて調査し、協議のうえリッチフィールドが告訴をしたということができるから、リッチフィールドが告訴人となってはいても、この告訴をリッチフィールドと原告との共同行為と評価することは可能である。
しかし、この告訴に至る経過によれば、リッチフィールドと原告は、被告佐藤を告訴するに当たって、私人として行いうる調査を尽くしたうえで、被告佐藤が錫谷と共謀して約束手形を偽造したと信じたものと認めることができる。被告カブトデコムとリッチフィールドとの間でエクセレントホテルの売買契約が成立し、被告カブトデコムと原告との交渉の結果その売買代金が六二億四〇〇〇万円とされるに至った経緯や、原告とリッチフィールドが行った調査の結果に基づけば、リッチフィールドと原告において、被告佐藤と錫谷がエクセレントホテルの売買代金が一〇〇憶円に変更になったとの虚偽の事実を告げて、事情を知らず、かつ、既に代表権を有していなかったリッチフィールドの雇われ社長福田三徳に手形を作成させ、これによって告訴状記載のとおり約束手形を偽造したと信じたことには合理的な理由があるから、この告訴について原告に故意過失はなく、不法行為は成立しない。
なお、被告佐藤は、本人尋問において、平成四年一一月初めころ原告からエクセレントホテルをいわゆる国土法価格で売却してよいとの許可を得ていたと供述する。しかし、仮にそれが事実であったとしても、後にエクセレントホテルの売買代金を六二億四〇〇〇万円とする売買契約が締結され、その履行も終了しているとみるべきであること、売買代金の変更について原告は何も知らされず、被告カブトデコム及びリッチフィールドのいずれにおいても平成五年五月まで売買代金を一〇〇億円とする経理処理をしていなかったことに照らすと、リッチフィールドと原告が手形の偽造を判断するに当たり、そのような事実を考慮すべきであったということはできない。
また、札幌地方検察庁は、平成六年三月二七日、被告佐藤と錫谷を有価証券偽造、同行使については嫌疑なしとの理由で、後にリッチフィールドが追加告訴した特別背任については嫌疑不十分との理由で不起訴処分としたが(ただし、特別背任については、平成八年一月二五日、札幌検察審査会が不起訴不当の議決をした。甲二一、二二の1・2)、このことは、告訴について原告に故意過失がないとする判断に影響を及ぼすものではない。
六 相殺の抗弁2について(争点5)
1 エイペックスとリッチフィールドの分離
争いのない事実に証拠(甲八、二〇の11・12、二四の1・2、二九、乙一二、四七、五三、五五〜五七、六三の8・26)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、被告カブトデコムに対し、平成四年三月期までに五五三億円の融資をしていたが、被告カブトデコムは業績の悪化により資金繰りに窮する状態にあったので、被告カブトデコムが手形不渡りにより倒産するのを避けるため、平成四年四月から同年九月までの間に緊急の追加融資を行った。その結果、平成四年九月末日における原告の被告カブトデコムに対する融資残高は、約八八三億円に達した。
(二) 原告の総合開発部は、平成四年一〇月二六日開催の経営会議において、被告カブトデコムは実質的に債務超過状態にあり、不動産業界の環境が当分の間好転しないと思われることから、残念ながら存続不可能と判断せざるをえないとの報告をした。そして、総合開発部は、被告カブトデコムが破たんした場合の道内経済の混乱を最小限にとどめる必要があること、エイペックスリゾート洞爺は原告において事業を完遂させる責任があることを指摘したうえで、原告の債権を保全しリスクを軽減するために、エイペックスリゾート洞爺などの自立可能な事業及び収益部門を持つ企業は被告カブトデコムから分離し、被告カブトデコムが所有する不動産はリッチフィールドなどの別会社へ移すことを基本方針とすること、これを実施するためには当面被告カブトデコムの倒産を回避する必要があるので、対外的には原告が顧問団を派遣して被告カブトデコムの再建の道を探るという立場で対応すること、その達成期限を平成五年三月末、場合によっては同年六月とすることなどの対応策を報告し、経営会議はこれを了承した。
(三) 原告は、平成四年一〇月二八日、被告カブトデコムに対し、金融支援の前提として再建に向けての指示事項を伝え、同年一一月二七日、被告カブトデコムは、開発事業の凍結、資産の早期売却などを内容とする事業転換方針を公表し、同日、原告は、被告カブトデコムに対する金融支援を公表した。原告は、被告カブトデコムに対し、同年一一月から平成五年三月までの間に合計四〇九億円の運転資金を融資したが、被告カブトデコムの経営状態が好転する兆しはなかった。
(四) エイペックスは、平成五年三月一九日、商号を甲観光株式会社からエイペックス株式会社に変更し、また、原告から出向した籾井茂文と村上曄宏が、それぞれエイペックスの代表取締役副杜長と専務取締役に就任した。
(五) リッチフィールドは、平成五年三月二七日、商号を兜ビル開発株式会社から株式会社リッチフィールドに変更し、第三者割当ての新株発行により資本金を一億円(二〇〇〇株)増資した。この新株は、株式会社エイチ・シー・ビーが一四〇〇株、株式会社オフィスフロンティアが六〇〇株を引き受けたが、エイチ・シー・ビーは原告の関連会社であり、オフィスフロンティアはエイチ・シー・ビーと原告の関連会社である株式会社タクトがそれぞれ四五パーセントの株式を保有する会社であった。同日、原告から出向した吉原英二と福井昌彦が、それぞれリッチフィールドの代表取締役副社長と常務取締役に就任した。
(六) 平成五年六月二五日、被告カブトデコムは、原告に対し、企業再構築のための計画書を提出してその承認を求めた。これに対し、原告は、同月二八日付けの書面で回答し、その中で、被告カブトデコム名義のエイペックスとリッチフィールドの株式を簿価で原告グループに売却すること、エイペックスとリッチフィールドの役員を原告の指定する者とすることなどの条件を提示した。しかし、被告カブトデコムは、即時にこの条件を拒否するとの回答をした。
(七) 平成五年六月三〇日に開催されたリッチフィールドの株主総会において、代表取締役佐藤明が取締役九名の任期満了につき、候補者九名の選任を求めたところ、オフィスフロンティアから佐藤明、吉原、福井及び原告の高宮総合開発部次長の四名の選任を内容とする動議が提出され、この動議が可決されて、この四名が取締役に就任した。同日、吉原が代表取締役社長に就任し、佐藤明は代表権のない取締役となった。
(八) 被告カブトデコムは、原告に対し、被告カブトデコムが保有するエイペックスの株式を、原告に対して負担する現在及び将来の一切の債務を担保するため、平成四年一〇月二八日に二七万株、同年一二月九日に二万六〇〇〇株、平成五年一月一三日に五四〇〇株をそれぞれ譲渡担保とし、そのころ株券を引き渡した。原告は、平成五年七月一二日、このエイペックスの株式三〇万一四〇〇株について譲渡担保権を実行し、その名義が被告カブトデコムから原告に書き換えられた。
(九) 原告は、平成五年一〇月五日、被告カブトデコムに対する金融支援を停止することを表明し、同年一一月一日、被告カブトデコムに対しても金融支援の打切りを通告した。
2 原告の不法行為又は債務不履行の成否
以上で認定したように、原告は、平成四年一〇月二六日、被告カブトデコムの再建を困難と判断したうえで、原告内部にあっては被告カブトデコムの倒産を想定しながら債権保全のための対応策を立て、対外的には被告カブトデコムに対する金融支援を公表して当面必要な融資を継続しつつ、エイペックスとリッチフィールドについては、原告の支配力を高めて被告カブトデコムからの分離、自立を図ろうとした。
しかし、被告カブトデコムは当時、資金繰りに窮し、原告からの融資がなければ手形の不渡りによる倒産が避けられない状態にあったのであり、しかも、実質的に債務超過状態にあった。バブル経済の波に乗り、金融機関からの巨額の融資によって大きく膨張した企業ほど、バブル経済の崩壊によりいったん苦境に陥ったときには、その苦境から脱出して企業の再建を図ることがそれだけ困難になるといわなければならないから、原告が被告カブトデコムの再建を困難とした判断は、メインバンクである金融機関の判断として合理的なものと考えられる。そのような状態にある被告カブトデコムに対し、多額の債権を有する原告において、債権保全のため、自立可能な事業や収益部門を持つ企業としてエイペックスとリッチフィールドを被告カブトデコムから分離するという方針で対応することは、被告カブトデコムの破たんによる影響を最小限にとどめるためにも相当な措置であったということができる。
また、原告が最終的に金融支援を打ち切るに至るまでの間には、金融支援の公表後も被告カブトデコムの経営状態に好転の兆しが見られなかったことのほか、被告佐藤が巨額の手形を偽造した疑いが生じて、それに伴い原告と被告カブトデコムとの関係がさらに悪化したなどの事情も介在している。これらの事情も考慮すると、原告の被告カブトデコムに対する一連の対応をもって、原告の被告カブトデコム又は被告佐藤に対する不法行為あるいは債務不履行ということはできない。原告がカブトデコム倒産のシナリオに従い、被告カブトデコムの再建に協力するとの立場を装って、被告カブトデコムから資産を収奪したとする被告らの主張は、当時被告カブトデコムが置かれていた客観的な状況を省みないものであり、採用できない。
なお、被告らは、原告がエイペックスの株式の名義変更をしたこと、原告以外の金融機関からの借入金の金利を原告が融資すると約束しながら実行しなかったこと、原告が被告佐藤を告訴したことも、原告の違法行為を基礎づける事実であると主張する。しかし、エイペックスの株式の名義変更は譲渡担保権の実行によるものであり、原告の融資約束についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、被告佐藤に対する告訴についても前記のとおり違法とはいえないのであるから、この被告らの主張する事実関係は、原告の行為が違法でないとする判断を左右するものではない。
第四 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がある(ただし、五五億円の貸付けについて、弁済期の翌日である平成五年一一月一日分の利息として請求している金員は、同日分の遅延損害金の一部を請求しているものとして認容する)。
(裁判長裁判官片山良廣 裁判官古久保正人 裁判官真辺朋子は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官片山良廣)